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2016年3月19日土曜日

レッスンとジャムセッション



会場は個人所有のとあるビル。
1階がおしゃれなレストラン、2階が展示会場、3階が音楽ホールになっている。
世の中には凄い人もいるもんです。

今日は午前に軽く鳴らしを。グランドピアノの状態や全体の音響チェックを行う。
湿度の多い南国だけにチューニングには少々妥協も必要だが、比較的大型のピアノは河合で全体の雰囲気や音響は良好。

いやらしいハナシで恐縮だが25年弱同一メンバーでやっていると、妙にリハーサルなどをやると本番での緊張感とスリルに欠けるため、時間の大半は音響チェックと楽曲内での個人練習に費やす。

ジャズには一定のルールがあるが、ままそのルールが破れる場合も生じるし、本番で個々に何かが憑依して核融合を起こす事もしばしば。
基本は縦の線を合わせるなどが御法度であり、パーソナルな才能のぶつけ合いが怖く楽しかったりする。それにはそれ相当の実力と経験が必要。それは長年の自信とも言える。

わざわざ写真と依頼に戻ってきた子供たちとのショット


さて、かわいらしい30人程の中学生のまじめを絵に描いたような先生のグループのお稽古を行った。こういう場合、先生の不勉強からくる著しい誤解を、その先生のプライドをきずつけること無く修正して行き、結果として変化した子供にその後も対応出来るように教えていかなければならない。

リコーダーの一番不細工な点がいわゆる吹奏楽教育のような、杓子定規な縦線合わせと、恥ずかしくなるような音楽解釈にある。楽曲は多種多様なのだからそれを全て網羅出来るはずも無いが、ことジャズ曲については注意が必要。
上記したが、教える立場の勉強不足がモロに子供の演奏に直結するという事は、即ち教育の恐ろしさを感じる。生徒にしていればいつもの先生は絶対であるからだ。

飛び入りのヴァイオリニストを含め、説明中の図


というわけで、数曲を全メンバーでかまし、こちらがその道のオーソリィティを含む事を音とリズムでわからせてしまう。子供の感受性と理屈抜きの理解度が非常に重要で、それだけで存外音色とリズムが柔軟に変化するから可愛らしい。

だいたいに於いて海外では先生方は聖職者であり、人格者が多く、非常に素直に尊敬をもってこちらの教授を一緒に学ぶ。
今回も結局はその先生が一番スウィングし出してノリノリになっていったので微笑ましい事実であった。無論、理屈抜きに子供たちの変化は半時間で現れ、別枠での発表では見違えた演奏を披露したのである。

結局、才能も無いのに「頑張る」行為で乗り切るのが非常にな悲哀がある、とメンバーでハナシていた。我々にも才能の無い業務が沢山他にはある。

さて、その後は、レストランにてジャムセッションと数曲を披露。
いわゆる飛び入りで適宜フレーズを吹いて行く。
この時、一プログラムとして先ほどの子供たちの演奏との共演も行ったが、お見事。
仕事が終了した。