2013年6月16日日曜日

目からウロコ



アンサンブル部門の発表会を終え、プロ系の弟子と反省会(12月にコンサートをします)の際、
演奏や音色、音程に関し、長時間にわたり、話し合いました。

私の元で学ぼうと思う人達ではあるものの、こちらはその人のパーソナルを引き出すのみであり、
自分のコピーを作ろうなどとは思わないタイプの先生、に種別される私は、若い人たちの意見や
感想を建設的な議論に持ち込みます。

彼、彼女らの越えられない壁を、いかに超えるのか、であるとか、今持っている良さ等、辛辣な
意見も言わなければなりませんが、全てはお弟子の成長戦略の一貫ですので、それを理解しようとするスタンスはそれゆえに大事にしてあげたいと思うこちらのモチベーションとなっていきます。

感情で叱りつける、という行為は非常に教養に欠け、品格が無い昭和のスタイルですので、
私は嫌悪しています。しかし面白いもので、優しいから怖くない~というものでも無いらしいですね。
ガナッシュというお弟子たちとのアンサンブルで私と一緒に演奏する時は吐くほどの緊張
だそうです。でもとても上手になって来ました。よく聴いて共に音楽を表現してくれるのです。
会場で演奏を聴いて泣いて下さる方がようやく。


ところで、こちらの長年の不可解をぶつけてみました。

これ全て主観で素朴な疑問ですが~

なぜにリコーダーを吹くほとんどは「音色」が「汚い」のか、
吹奏楽的なアプローチなのか、
音程を高くとる安易な方法をとるのか、
自分の音と存在をアピールしすぎるのか、
大勢の愛好家で寄って汚い音を出して悦に入っているのか、
古典調律では吹けないのか、
きっちりとリコーダーを,、また、ソルフェージュ、聴音、音楽理論、対位法、和声法、
コンコーネ、コーリューブンゲン、もちろん指揮法、,通奏低音を学んで来た人に習わないのか、

など。


幸い全員が過去、現在、他の吹奏楽管楽器経験者なため、
なるほど!、な意見を聞きました。

要は、リコーダーに対し、特にリコーダーの音色や特徴を求めていないのではないか、
ボーボービャービャー演奏するなら、例えばサックスフォンなどで音量アプローチすれば良いわけで、それをたまたま(本来は非常に繊細な)どちらというと低めに音を取るよう設計されているリコーダーでやろうとするから、あれほどの綺麗ではない音色で演奏し、平均律、または良くても純正律を求めたがる、かつ主張したがるのだろう、と。要は吹奏楽団。指揮者は社会の先生でも十分・・・。
それは楽しいですわ。


少し疑問が解けた気がしました。

良い悪いわけではなく、種々様々な好みの問題でしょう、もちろん。


いろいろ演奏家と合わせて来たものの、ほんのごく一部の方としか納得した演奏が
出来ない理由は私の方がニッチなゆえか、ということです。


妻はチェンバロを学び、特に通奏低音奏者メインゆえ、私は古典調律の感覚的音程などに
非常に敏感に互いに不快感を現します。こことここの音程が汚い、許せない、全く馴染めない
など。

例えば、キルンベルガー、バロッティを選択することはほとんどありません。
大合奏はミーントーンで吹いているオランダのロイヤル・ウィンドにのみ感動した事はあります。

調律はこの人!という専門家が私には存在しますし、0.5ヘルツで調整をお願いします。
毎度妻との議論も欠かしません。
(先般のダン・ラウリン氏のa=418、キルンベルガーのⅢには驚きましたが、こちらも意図は
理解出来ましたので、もちろん分かっておられるのです)


もしかしたら、そんなリコーダー奏者ってあまりいないのでしょうかしら。

でも、僅かですが、お弟子が集まり、プロを含み、目指す門下の方々がいて下さるということは、
私もあながち間違った事をしているワケではないのでしょう。

他の管楽器に相当する、また、古楽器らしい表現をより追求して行くまでですが、
違和感が少し晴れた気がしたのは、何言おうそのお弟子のおかげで、長年の違和感が
払拭された感じで、爽やかな気分です。