2022年11月25日金曜日

死生観

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難しい話では無く、父が倒れた日から一年が経ちました。その後、亡くなりましたが、思えば「その日」はあまりにも急に、そして突然にやってくるという学習が出来ました。祖父母を含め、3人の人間を間近で送って来ました。そしてそういう才能があることもわかって来ました。

あるお坊さんの講話で、亡くなった人が教えてくれることは実は非常に多い、という事が深く理解出来ました。

取り憑かれたように写経をし、西国33所を満願し、先達になり、仏教の勉強から神道に至りました。

そうすると京都での仕事が劇的に増えたりしました。そこに不思議な力も感じます。


石清水八幡宮にて不思議なショット



しかし、あの日ぐらいから現在までの自分の頭髪を鑑みると、真っ白になったことが明白です。寄り添うことが他人事では無いと身体が証明しているようです。楽になったわけではありません。生と死について深く考えてしまうようになりました。一つだけ振り切れたのが「名声」でしょうか。地位と言うか、社長であれ、貧民であれ、所詮は急に肉体は滅ぶという事です。


ただ、私にしてみれば、もちろん寂しいけれども、その人の借りていた肉体が滅びたに過ぎず、「魂」はそのままですので、それ程悲しいという悲哀に暮れているわけでは無いのです。人それぞれの運命などはわかるはずも無いので、突然に動けなくなるまで元気に生きるべきかと考察します。




美味しいものを食べる喜び。元気に歩ける喜びなど、他人と相対的に考えるだけ無駄。そして嫌な仕事はどんどん止めようと思い出しました。自分の好きなように生きれば良いでしょう。


日本代表のサッカー、素晴らしかったです。あれも全く比較の問題では無いですね。


ビールとノンアルコールビールを



他の人などどうでも良い事です。幸せは共有し、元気に楽しく生きましょう。