2024年6月14日金曜日

厚労省の功労

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義理母が倒れ、妻が奔走している。音楽家であり教師でもあり大変な毎日であり、ましてや謎の娘ルールが確実存在することを側面から感じる、なるほど女性の事はセンシティブなので男性には非常に難しいかもしれない。母も幸せな事である。


①倒れたのを発見し、救急病院に搬送され入院。数週で血管が少し丈夫になったらば、

②リハビリテーション病院へ転院し、毎日リハビリを行う。それも数ヶ月で強制退院となり、


③老健(介護老人保健施設)に転院。ここから予約無しでは面会も不可能となる。

④次は特養(特別養護老人ホーム)を探さねばならない、そうだ。



さて、日本では自宅で死亡するのは13%に過ぎず、66%が病院、施設だそうである。

記入しながら、私などは死ぬために生きているのなんて下らないので、さほど考察していない。と、言いつつ、側面を見ながら学習をしているので、判断を自分で下せる自信がある。




人に迷惑をかけるな、と教えていた世代にそのまま言い返したい気持ちが湧く、と言うのが、我々の周りの世代の共通観点なのは確かであり、ゆえに機嫌の悪い国での疲弊感が漂う。今まで聞いたことがないような事件が毎日起きている事は、それが故であろうか。


さて、上記③だが、少し考えてみた。(ここから着替えも差し入れも出来なくなった。)


要は大抵は「能力の低い」子供は面倒を回避する理由に卓越し、「才能のある近い者」に仕事が回ってくるのが世の常であり、これを「厚労省」が、実は、「面会に制約多し」として、近親者の負担と不均等を是正してくれているのではないか、と言う点。

(皆に共通する「忙しい」を理由にするのは相当な馬鹿であり何ら理由にならないのは自明の理。)


もし、そうであるならかなり人間的な政府だと考えられる。


病院や施設に留まらず、「なぜ、私だけが面倒を見なければならないのか」なる一点で揉める現場を国も多く見ているはずだ。内に溜まるストレスがたまに発散される時は、当事者の被害者意識が具現化する筈だからだ。

楽しく生きるのは良いが、人に迷惑をかけないように生きる事についても考察するべきであり、何より子の不均等を是正する民法、司法にも抜本的に見直す時期が既に来ている。


私は、桂ざこばさんよろしく「喘息」で召されそうで、着々と「遺言信託」を進めている。現代では多くの高齢者施設が整備されており、祖父母を診た時代に比べ、隔世の感がある。