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2015年7月23日木曜日

時代の変遷、取材




つい最近まで半期12回、後期12回程度だった実質授業回数が改悪され、何が何でも15回、15回となったおかげで、授業に対する夏期休暇に入る期日が非常に延びた。不快。

即ち、大いにエコに反し、クーラーもガンガンに使用し、気温の上下や差温で勉強どころではない。そもそも、授業やレッスン等はあまり先生に教わると逆に良くないのではないか、と皮肉も言いたくなる。こういうルーティンは歴史と経験が生んだ12という回数制度が良く、3回も適当に増加させるなどは難解な方向性を持つ問題である。

何事も少し不足するくらいで、若者が貪欲になり精進するモチベーションとなろうが、「当然」が生む恬淡と成りえないかと心配ですらある。実際、祝日にも疑問なく登校し、回数も習慣的になりつつあるよう。




ところで、今日は読売新聞の取材を受けた。
多くの記者に応えた経験があるので、その論点に寄って記者自身の興味が伺えるので面白い。

内容は新聞に掲載されるでしょうが、ことほど左様に何年経ようが如何に本質が知られない楽器であるかを痛感するほど質問は横並びである。身近にぷぅぷぅ吹く人が多いだけに、だろうと思う。

製作家と演奏家の関に於ける理想はウィン・ウィンの関係であり、その主張はどちらも強いものであっては本質に欠ける、と主観を述べておいた。重要なのはあくまで音楽芸術であり、己の演奏主張が強い事には非常に抵抗がある。といって、楽器の主張が強いのも同様だ。


要は「品格」です。