2026年1月22日木曜日

春休みに入りかけ

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一月も終わりかけ。未だに大学の授業がある時代(年30回)。特に根拠もなく、ある年からただただ回数が増えたため、内容を薄くして引き延ばしている先生が多いことでしょう。我々の時代は年に24回で休講だらけだからこそ自分で思考し勉強や練習をしたものですが、与える時代かつ責任は取りたくない体制で、大学組織も現場と乖離した思考で権力の言いなりです。

こんなに「与える」と、自分では考察しなくなりますので、その果てに毎日のように聞いた事の無い事件が起こるのでしょう。授業を増やせば賢くなると考察した役人の学生時代は大学は遊ぶところだったのは今は昔。安易。現場では共感出来ません。(強制補講の義務がある大学は辞職済み)


京都には人路地があります。


て、ことで、違和感満載はここ最近。自己啓発にも良いので、アルフレッド・アドラーの「個人心理学」を学んでいます。自分ばかりの人がやたら増えたましたが、まぁ、己のしている事は己にかえってくるよ、という感じの考え方についてです。ある意味当然のことを言っているのですが、ほぼ、そうですよね!という共感心理学的分析です。思いやれば思いやられる未来があるでしょう。その逆もまた真理。

上下無し、「横」の考え方で「共同体感覚」というのだそうです。


さて、大騒ぎをし過ぎる気象庁に楽しい予定をそがれて、出かけてのシイタケ菌のコマ打断念して、久しぶりに映画に行きました。そもそも昔の人が都や商都とした関西太平洋側は雪など積もりませんわ。しかしながら気づけば映画代金を半額にしてくれる年齢です。嬉しいやら悲しいやら。

おまけに「第二次湾岸戦争」 のある任務の場面ですから、鑑賞はおじさんだらけです。映画は現実の闘いに参加した隊員が生存しているため、物凄くリアルに描かれており、それは怖い体験でした。サウンドや描写のリアリティが向上しているため、特に実弾使用の「音」に敏感なため、怖さも倍増したということです。特に機関銃の連射や戦車へ当たる弾、戦闘機の低空飛行による敵への威嚇のシーンは鼓膜にきました。




https://a24jp.com/films/warfare/

そもそもこの戦争は何のために行われたのか、という原点が疑問でしたし、我々はつくづく平和な中にいる事を実感します。食わず嫌いで語りたくないため、ソウルで実弾射撃(M1)をした経験がありますが、これは何かいけないぞ、と思ったものです。(真ん中の10点が8発、9点が2発という驚異のスコアでした。)

それがさく裂している戦争の大義が理解出来ぬのですが、一つ言えるのは、アメリカ制作の戦争映画はまずはほぼ自虐であるということ。ここ数年のものはほぼ観ていますが、逆に国威発揚はトップガン等のエンタメ系です。実際に、そんなんしたら打たれるやん、至急救出を、とかなら初めから準備しておけ、と思う場面が多いのですが、そのようなポンコツ作戦こそ映画には描きやすいのかもしれません。単純な物語りと自虐性です。

最近はきな臭い諸外国の動きや言動が多いですが、まずは己が元気に共感と尊敬をもって楽しく生きていくべきかと思います。いつも言いますが、明るい未来は築けない方とは共感し合えません。