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2015年6月29日月曜日

化学反応と芸術?



書き残しておこうと思って記載しますが、

先日、ジャズ界の巨匠であるオーネット・コールマンが亡くりました。
彼の残した功績と尊敬は、演奏面では例えば、古楽関係者やリコーダー奏者の想うフランス・ブリュッヘンのようなものですが、加えて、オーネットの場合は彼の作品を演奏出来るというのが、彼の奏者であっただけに留まらない点です。

毎度、自身のジャズ公演の折りには取り上げて来たそのブルース。
先日の公演ではどんどん入り込み、私の言うところの「憑依芸」と化しました。
自身の即興要素が次々に噴出。トランスではありません。自身はあくまでもクールなのです。


これは「私」が凄いわけではなく、持ってるよねオーネット・コールマン・・・という、演奏側の感想。





思えば、古楽分野の作品も研究は欠かせず、例えば、オトテール作品などを取り上げると、凄いのはまたまた「私」ではなく、つまりその「作品」の持つ力であり、それを表現し、伝えたい気持ちがモチベーションです。


音楽演奏家でこれを理解し合える志向の人間をあまり知り合いに持ちませんが、私が共演する仲間は少なくとも同様の思考を持ち合わせているはずです。自身の存在やスキルを魅せるパーセンテージより、断然に作品の凄さを伝える方向の「枠」側?とでも言うのでしょうか。

もちろん、勧善懲悪ではなく、種々様々、十人十色は言わずもがなですが、坂本龍馬の言葉を借りれば「世の人は我を何とも言わば言え 我なす事は我のみぞ知る」という面もありましょうか。