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今思えば、たった一週間で何が出来る、つくづく何もしない事が出来にくいもんだ、と思います。昔の日本人のデバイス思考では、それでもそれは期間が長いのかもしれませんが、もう時代が違います。忙しく貧しい日本から出て自分を取り戻すのはもう「治療」です。蓮の花を見て土の上を歩くなんてことは普段なくなり、人は承認要求の塊になりしんどい事です。
さて、バンコクからデンパサールの空港に到着。ビザ、入国審査(無人)、荷物を取り、QRコードを読み取ってもらい、インドネシアはデンパサールに入国となります。スマホ必携。
到着ホールにはマルちゃんと先に着いていた東京からの友人夫婦が待っていてくれました。珍しく、いきなりクタの中華料理へ。ここのアスパラガススープが逸品。おなかにも優しいのです。
ホテルはハイアットリージェンシー サヌールを選択。ここは二回目ですが、去年、付近のメルキュールに泊まった際に、少し物足りない感じがして、吟味して、ここだ!と思っていたのです。とにかく上質。古くからある一流ホテルです。部屋にシャワーのみで風呂はありませんでしたが、ホテル全体とお部屋はとにかく上質でした。そこは、さすが「ハイアット」。価格もバリですから日本に比べてもそう高くはありません。
気づけばホテルマンは全て若い人。自分の若い頃の印象とは異なり(こちらが老いたせいか)とにかく若いのに親切この上ないのです。バリの人はもともとホスピタリティには長けていますが、もてなしも一流。親日が多い事も感じます。儒教ではありません、バリヒンディ教(自然崇拝)です。家族を大事に考えるそうです。とにかくよく喋りかけられるのは、人に興味があるからです。素晴らしい事です。
ホテルは植物園状態であり隙がありません。大きな吹き抜けのロビーも圧巻。夜の光のセンスも抜群です。確かに手が行き届いており高級ですが、圧迫感や排他的な空間では無いのが良いのです。
3日間は怒涛の雨降り。せっかく来たのに地球規模の異常気象には叶いません。南国なのに寒いくらいでした。因みに夏も日本よりは随分過ごしやすいのです。
過ごし方はいつも通り。マッサージ(日本の半分以下の価格)、ビーチのレストランでランチ(千円ほど)、散歩、夕飯(二千円以下)、心身の治療、ヒンディのお清め、などなど。
帰国は、シンガポール航空で、まずはシンガポールのチャンギ空港へ。特典航空券だったため、すぐの乗り継ぎをさせてくれませんので(荷物はスルーで関空まで)空港のトランジットホテルに6時間滞在(朝食付き)。少し無駄ですが、仕方ありません。
翌朝の便で夕方に関空に戻りました。あぁ日本。
シンガポール航空は「エコノミー・but・シンガポール航空」というくらいに快適ではあります。タイ航空とは圧倒的な差がありました。
思えば、私の人生はシンガポール航空尽くしなのですが。留学時はおよそ直行便(アンカレッジ経由)は商社マン用のバブル時代で、いわゆる「南回り」でドバイ経由でロンドンまで行ったものです。現在でもコロナ以降はバリ直行のガルーダインドネシア航空は廃止されたままですので、シンガポール航空が関西、中部、福岡の搭乗客を乗り換えでバリへ運んでいます。
コロナ以前と以降では、明らかに日本人の海外旅行移動は減少し、日本に来る人が増えました。ですので、日本人に優位な時間表は東京のみです。これ以降もそうでしょう。
しかし、チャンギ空港というのは凄まじく、23時でもオールオープンだった商業施設が朝の6時でもオールオープンだったことです。それだ需要に応えるのですから、日本はついていけなくなったという事実を目の当たりにするのです。
| お清め正装スタイル |
で、短い私の人生。マルちゃんの紹介でこの夏に(特別な価格=盆など無関係)プール付きヴィラを私が借り切りまして、またまたシンガポール経由で8月に長期滞在することにしました。何より赤道付近でも日本の西宮の古い平屋に暮らすよりは「命の危険」を防げるのです。私の将来の「しいん」は熱中症だと思っています。
またまた東京の友人夫婦も半分来るそうです。気が合うこととなんでも相談できる気の合う友人は良いものですね。で、ふたりとも超高齢者を抱えているのも異常事態ですが、、、
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