2025年12月14日日曜日

25年個人発表会

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もう何回目かは不明ですが、個人で(継続的に)お稽古に来られる方で、通奏低音と共に人前で演奏出来る(筈の)方々、かつ、バロックのソナタ、組曲を演奏可能な方の舞台を終えました。こういう場所で公開処刑されることはとても重要なのです。プロなどはその積み重ね。また、継続していく精神性も重要なファクターです。



バロック時代のリコーダー作品が持つ「芸術性」は凄まじいもので、それに対する情熱や集中力で音楽を表現するには相当なエネルギーを要します。また、すべては経験則ですので、どれだけ成果が出せるのかもご自身との闘いとなると思います。吹奏楽の演奏法とは真逆で、個人的な意思の強さも必要です。


今回は20代若手プロの特別演奏も

どうりで誰一人、途中で止まることなく、3時間弱の流れはスムーズでした。大阪の中心でこんなことができるのは素晴らしいことです。そもそも、リコーダーの演奏でチェンバロと合わせる、などという人生そのものが素晴らしいと思います。継続は力です。決して吹き散らかす事無く、深く作品の芸術性に触れつつ続けて行っていただきたいと思います。

拍手。


しいたけ


で、見守る指導側は心労=筋肉痛と脳疲労が毎年凄まじいものでして、こちらももう還暦を過ぎていますから異常な疲労を伴います。個々に心配は全くしていませんが、作品とのバランス等に勝手に想いがあるのでしょう。自分が演奏している方が責任をとれるだけマシです。

しかも、会場使用時間限度に勘違いがあり、最後の最後に次の使用者が来てしまう事態で。こちらが悪いのですがそこまでタイトに貸すものかね~と苛立ちました。こちらが悪いのですが、会場は不動産でしか無いので仕方ありませんかね。不動産の歴史が人間をおかしくしているのです。第一、戦争の大義は土地です、、、、

迷惑をかけた次の使用者はというと、何と!「秋山先生!」と声掛けくれた教え子さんでした。大阪音大の最後の優美な時期に教えた聡明な学生さんで明確に覚えていたので、おかげでトラブルも良い事態と思考できます。お筝を搬入していたので、先生としてしっかり活躍しているようでした。36年も教壇にたっているとこういうことが起こり始めます。




相当勝手に疲れたので、頭をカラにするために山の木を伐りに。こういう時間が大事ですね。この木に菌を打ち込みますと二年後に抜群においしい「きのこ」が出来ます。しかし、まだまだチェーンソーの使い方が下手で難儀をします。