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2017年3月24日金曜日

スペイン4 グラナダ2



7時半に起床したら快晴。
だめ元で近くの広場からA3のバスでアルハンブラ宮殿入り口に向かう。

チケットは完売やねんっ、と偉そうに姉さんが言っている。
最近の入場規制のせいで、人を引き寄せておいて断るというあくどい遺産商売だねやはり。なまじ世界遺産になったら即ち金が入り高飛車になるという方程式があるのか。

HPで3ヶ月先程までに事前予約せよ、或いは騙されているのを理解して大手の会社に申し込めという事。まぁ宮殿は入るものだけでなく観るものでもあるので、くぐれる門からアルバイシン地区へ散策に向かった。丁度洞窟でもフラメンンコの場所で昨夜行った道路を歩いていた。これが大正解。未体験の町並みを歩く事が出来た。どこを見ても絵になる。

サロ族が住み着いた洞窟が博物館として存在しており、何よりここから臨む景色がすばらしかった。宮殿、丘陵、町並みが素晴らしい。快晴の天候も相まって素敵な体験となった。

少し歩いて行き当たりのレストランで宮殿を見ながらビールにサラダ、ポテトオムレツ。

その後、散策に散策しホテルに戻りナウ。

***

で、至近のデパートでバルサミコ酢等を物色。まだマドリードに移動するので荷物は増やしたく無い、と、言いつつスペイン製の靴を安価でゲット。さりげなく洒落ている。

夕食は昨夜は部屋食だったので、レオンという地元人気のレストランに出掛けた。
ビール、ハム、そして、海鮮パエリアを戴く。久しぶりにお米を戴いた。

明日は本来の特急列車がバスとアヴェ(特急)にてバルセロナに戻る。
旅も終盤になるが、王立歌劇場でヘンデルが待っている。


スペイン3−2 グラナダ



列車は途中の何とか何とかという駅でほぼ聞こえないアナウンスの中、英語で喋る人を探して自ら確認。ゆったりして事情がわかっていない韓国の青年に英語でグラナダに行くには今降りるんだよ!と親善の気持ちで伝えた。驚いていた事に驚いたが、とにかくついておいでと言い、無事代替バスに乗車。これに80分ほど。思わぬバス旅行となったが、疲労して寝ていたという始末。なるほど、途中の線路を真新しい架線を貼っている。近づくとないので今までは気動車だったのだろう。

バスが本来のグラナダ駅に到着したのは15時過ぎ。すぐにタクシーに乗り、ホテルへ。
ワタシ好みの綺麗なレセプションで最上階の部屋に入る。落ち着いていて良いが格安。
メリアグループのメリアグラナダ。

その後、とにかくカテドラルや何やらを周り「日本語センター」を尋ねる。親切な人で相談にのってくれるところによれば、ここんとこアルハンブラ宮殿には予約者が多数で当日はその予約の(特に団体の)キャンセル枚数の裏返しだそう。30人大丈夫の日もあれば300人大丈夫の日もあるそう。昨日の人は8時の開園に5時に並んでアウトだったらしい。何だかアホらしい。

団体様も結構だが、こちとら英語力や旅慣れる努力をして来ているのに結局はまとまった金なのかと落胆。もう行かないことにした。昨日のセビリアの邸宅で充分。
その代わり、芸術家の端くれとして洞窟で行われる本場本物のフラメンコショーに。
これが大当たり。
夜景鑑賞でアルハンブラを見学したあとにワンドリンク付きで鑑賞。

初めての体験だったが、ダンサー、歌手、ギタリストの組が3組。
それぞれの詳細は不明でも、そのタイプや個性が異なり、間近過ぎて迫力と気迫を体感した。
ダンサーが完全にトランスして踊り狂う姿と歌、ギターのコラボが完璧。
およそつたない文では伝えきれない。これは観て下さい。
何か凄い分野の芸術だ。

凄いもんで4時間程をかけてホテルに戻ると午前様。
明日はどうしたものか。しかし旅の疲れも出てきた。
と、いいつつ洗濯も頑張った次第。

スペイン3−1グラナダ



今日はセビリアからグラナダに向かう。ホテルを早めに出てタクシーで余裕で駅に向かってカフェテリアでしばしを過ごす。日本を出て台湾は高雄、台東、高雄、香港、マドリッド、セビリア、そしてグラナダである。

スペインでは初めてグラナダで連泊する。とにかく不確定要素が多いので欧州旅行は時間に余裕と忍耐が必要。今日も待ちに待ってグラナダに行く列車が掲示板に表示された事を確認。11番線と表示され、そこに行くもそこに停車している列車番号が違って戸惑う。なぜなんだ!。

しかも列車の窓が一枚割れていてベニア板で補強されている。ようやくふらふら現れた(車掌は軽装のスーツ姿の)おっさんに切符で確認すると、そうだこの列車だという。それで乗り来んだは良いがドマン中だ。前向き、後ろ向きの二人席では無く気まずい向かい合わせのファミリー席。まぁアジアの若い男性二人が夢中で無言でスマホをいじっているので良いものの満員の列車で気まずい事この上ない。

しかもこの線のグラナダへの線路工事に伴い途中からはバスに乗り換えるように切符に書いてある。まぁほとんどが同じような人だろうからわかるだろうがろくな案内もないのでとにかく私の性格には合わない気がする。不安いっぱいが毎度襲ってくるのが欧州旅行。日本が素晴らしいのは世界に来て毎回痛感する。例えば、のぞみ123号が248号になったりはしないからですね。

ゆるいというよりこちらがスタンダードなのかと毎度欧不安と不信の応酬である。定刻に発車すればどうやら間違いないだろうが、なぜかどの窓にもシェイドが掛かっていて素敵な風景も見れそうに無い。多分人間貨物列車気分で、サービスの概念が無いのだろう。


おっと発車したが後ろ向きだ。昨日もそうだったが運も悪いのか、或いはマドリードの切符販売の姉ちゃんにやられたか。窓のシェードがかかったままで開けるにも何となく話しかけねばならぬ状況でスペイン南部の素敵であろう景色は臨むべくも無い。ただただ無事にグラナダに到着するように願いつつしばらく放心状態に入ろうと思う。

@移動開始の列車内 3月23日17年

2017年3月23日木曜日

スペイン2 続セビリア



定刻に少し遅れてしっかりとセビリアはサンタ・フスタ駅に到着。
郊外の駅はまるで空港のような感じで、ほぼ観光客はタクシー乗り場に向かう。

少し並んで我々もイングラテーラ・ホテルにタクシーで。ほぼ千円程の料金。
こちらでの初のタクシー移動だったが荷物の積み降ろしや運転も含め親切。

ホテルも13時過ぎだが快適にイン。一万数千円だが非常にクオリティの高い内容。
パリやロンドンに比べるとスペインのホテルは安価で充分に過ごせる。
ホテル従業員のモチベーションは総じて高く、英語も結構。古代の遺産による観光産業とはいかに凄いマンパワーかと思う。

早速、カテドラルに向い数分並んで入場。圧倒的な広さと豪華さに言葉がない。
そもそも後世に凄いと言わせしむように作った1500年の建物なのらしい。
昨日のプラド美術館も含めてやはり全て楽しい旅行というより完全な研修。

次に、アルカサルという施設に数分並んで入場。イスラムの装飾やお庭が素晴らしい。
初めての雰囲気の圧倒されイスラム芸術のパワーと魅力を学んだ。


繁華街をうろついていたら道がわからなくなるので焦った。とにかく細かい道だらけで
縦横無尽。しかも景色や太陽が見えない建物の連続。それこそ方位磁石はマストアイテムかと思う。

それでも何とか地図にある教会に辿り着き、ホテル近くで見つけたスーパーで買い物(水、パン、菓子等)をして一旦ホテルに戻った状態。
日本の午前3時頃なので眠さが襲う。相方は爆睡中。
私はこうして闘うのだった。町中の教会の金が鳴っている、いびきと共に。


後、写真を掲載します。

一日だけのセビリアだが、おなかいっぱいな感じの観光。
マドリードに比べると非常に平和な世界遺産の町という印象。

マドリードから高速鉄道で2時間半なのでいかに遠い所にいるか。

ホテルのWi-Fiが快調なのも結構。
明日はグラナダに向い二泊する。

追記:その後、夕食にせっかくなので先ほど見つけておいた素敵なレストラン、バルに向かう。ビール2杯にサラダ、アヒージョなどでもせいぜい二人で3千円程と安い。しかも美味。
ライトアップされた名所を見ながら部屋に戻り就寝する。


2017年3月22日水曜日

スペイン2 セビリア



スペイン2日目は6時過ぎに起床。時差ボケのため楽勝。8時半には駅前のホテルながら駅に向かう。余裕が大切だ。

今日は南部セビリアの町に向かい滞在する。とにかく落ち着かないで南を目指旅行です。
まずは今から乗る列車インターシティの確認。荷物の盗難防止のチェーンを探す。
細いものは日本にも売っているがニッパでやられるらしく自転車用サイズを。それが土産物屋にあって(だkら細い製品など無い)購入して、サンドウィッチと飲み物セット(これがバッグに入っていて少し安い)をゲット。

試しに先ほど買ったチェーンを筈そうとするもテコでも鍵の部分が動かない。不良品と判断し、店に戻ったら当然交換してくれたがそんなものt堂々と売るのもす凄い。皆さんも何か購入するときは動作を確認してからレジへ。


さて、プラットホームに入るためにチェックインのようなチケット確認に荷物のX線検査。これで制限区域に入ってから掲示板に自分の列車が入線するホームが15分程前程ににわかる仕組み。バルセロナ行きは10分前に判明して皆さんあわてて走っていった。何せ15晩背あるのだ。とにかく非常に面倒だしテロ対策は理解するが非合理的。ハイジャックやスペイン国鉄の爆破などで被った被害と迷惑は計り知れない。もう宗教戦争ややめなはれと思うが。充分勝利していると思う。マドリードはとにかく数メートルおきに自動小銃を傾向するおまわりさんがどこかしこにいる。いるという事はそれだけそう言う事でしょう。特に駅は警察署かと見まがう。

で、モンクが多いが〜「ここで待て」が多い。
切符購入は専用オフィスで番号札で待て。乗る時も制限区域で待て。プラットホームが判明したらまた待て。ダブルチェックを受けてコーチの前に行くも電光掲示版が消えていて4両目がわからない。係に聴く。
乗車したら親好方向と反対向き。まぁ客は電話して大声で喋るし席を替えてくれと自己主張する輩の多いこと。車両からは完璧なテンポを刻むカタカタ音と定期的な爆音が聞こえ、よく揺れて景色は変わらず最高のPCタイムナウ。
良くよわないのは人類の発明である「薬」のおかげである。人類に大事なのはお金や権威ではなく「抗生物質」という漫才を思い出した。

セビリア駅についたらタクシーでホテルに向かうが、さて、順調に事が進むか。曇りのマドリッドからすれば天候が良くなってきた。 
@インターシティ(バルセロナ~セビリア間)




追記:日本で楽天海外SIMを購入したもののまぁ使えないこと。お勧め出来ない。首都で使えないなどはいけない。駅にはSIMは売っていない。空港で購入のこと。とにかくSIMフリーのスマホは便利。で、結局はこのスペイン旅行はWi-Fiフリーのところでのみ。でもプラドなどがそうだったので良かった。ホテルはまず問題ない。



追記:ホテルにタクシーで到着。全て良い感じ。部屋も格段にお洒落でスタッフも感じが良い。Wi-Fiもすぐに繋がったナウで、今から大聖堂を見に。

スペイン1 マドリッド



久しぶりな気がするのは、現在日本が午前5時半なのに対しこちらがその8時間前で就寝寸前で、ようやく落ち着いたから。今日は23時間に8時間を足した感じ。

さて、前の書き込みの後、身内と無事に落ち合い、更に数時間を過ごし(フードコートで潮州麺)定刻の深夜発にCX315に乗り込んだ。
もう考えたくない程に空港内で過ごしたが、前記の通りコンセントが合わないせいで結局はスマホをいじっていた事に留まった。しかもどんどんとスマホの電源量は落ちて行く。

結局は機内でUSB電源は席についてはいたものの、コンセントは無く、PCは絶命のまま現在に至ったわけです。

さて、14時間に及ぶフライトは地獄の沙汰。狂気。しかも異国の高雄のホテルを出てから数えきれない待機と移動をしたから結構痩せた感じだ。少なくともベルトの位置が一つ縮む結果に。それは機内で気分が悪くなったり、やたら手洗いに通わなくてはならぬようにならないためにサーブされる品のほとんどの米と野菜しか食べないせいでもある。

機内は幸い静かで、シートもプレミアムエコノミーにふさわしい感じで効果はあったように思う。即ち明らかに身体疲労を少なく感じる結果に。この14時間強のフライトにビジネスクラスはほぼ個室タイプで良いものの、その他の我々を含むほとんどの人が良く耐え得るものなのだと関心してしまう。己は何らかの薬を飲んで時間を感じなく出来るのだが、相当強靭な人間だろうと思う。恐ろしく退屈だし、横になれないから足が膨らむ。

ワルシャワ上空からでもまだ三時間等の表示が出る程にイベリア半島は西にある。

で、無事に到着。ターミナルも至極快適でイミグレも並ばず荷物もすぐに無事に出て来た。
税関を通り、晴れて無事にスペインに入国。
私は初めての国。現地時間、朝の8時半。

急がないで行動しようと、カフェに入ると程なくにやけたアホなカップルが寄って来て、何かを食べたいので金をくれ、という。よくも空港まで来れたもんやねと失笑し散らしたが正直いきなりで引いてしまった。ひどい民度だ。

で、鉄道でアトーチャ駅に向かう。駅前のホテルに着いたら10時。
荷物をこころよく預かってくれて12時には入れてあげるからね〜。

では、と(実は早くインしてシャワーを浴びたかったが)マヨール広場を目指して歩き出した。程なく後ろに妙な気配を感じたらアホな若い女子が私も背負うリュックのチャックを開けているではないか!お〜いっ!と怒ったらヘラヘラして去ったが、また引いてしまった。
何という国だ。大概有名なお国は訪れたものの、ピカイチに醜い体験が連続した。未遂で終わっているものの、こちらの疲労を知っての所業だろう。むかつく。

更にどの角にもお金をくれ婆さんがいるわ、信号待ちで寄ってくる妙な金くれ男性はいるはで最悪な町。非常に気分が悪い。情景は確かに素敵だが。

と、言いつつ王立劇場で数日後にヘンデルのオペラチケットをゲットし、正午にホテルに戻る。インし、シャワーを浴び、歯を磨き、ひげを剃ってスッキリ。

その後、プラド美術館に向い、全く並ばず、相当数の名画を4時間弱かけて鑑賞。
もの凄い数に圧倒された次第。腰が痛くなる。

大事をとって明日からの鉄道チケットをゲットしにアトーチャ駅に向かう。
行っておいて良かった。調べはしたものの、チケットセンターが相当遠いし、番号札を取ってもそれなりに待たされる。
結果、3区間の移動を紙に書いて説明し、無事に席を確保出来た。特急は全指定等だし、グラナダからマドリードも戻る際は、駅からバスに乗らされ鉄道に乗り換えるというBSの番組のような行程。明日の希望時間の列車もほぼ並び席が難しかった状態。備えあれば安心。

部屋で夕食を食し、今から眠り、明日の朝、南のセビリアにインターシティで向かう。



2017年3月20日月曜日

台湾5.6 高雄〜香港




台東の最終日はセミナーが中止。まぁそれほどジャズとリコーダーの因果で興味も持たないでしょうから逆に楽になったと思考するとして、りょうさんの車で高雄に帰ってきた。

集中力や緊張が解けるので急激な疲労が襲う。幸い高雄での打ち上げも中止になったので、ひたすら高雄のホテルで休んだ。


外国は予想外、想定外、驚愕の連続でたまに心がもたなくなるが、物事がハッキリするので日本独特の「察する」文化を察することが出来ない私には良いかもしれない。



空港に向い、メンバーを大阪行に案内して、私はこれから香港(90分程)に飛ぶ。
キャセイパシフィック航空のマイレージでCクラスを無料特典でゲット出来たので、現在、高雄のビジネスラウンジで搭乗待ち。




香港の空港で身内と合流し、今宵のうちにスペインはマドリードに飛ぶ。

気温が27度というまぁまぁ過ごしやすこの場所から欧州の11度程の所へ行くが、日本もほぼ同じようなので、良いか。



さすがにこの路線(高雄〜香港)に日本人は皆無。
落ちたら日本人一名でわかりやすいだろうな〜という感じです。

台湾のフェスティバル:ミッションコンプリート。
来年は台中での開催との知らせ。

*******


順調に香港に到着するも、隣が「じょんうんさん」のようなタバコ臭い人で参った。

香港の空港でアライバルラウンジが見つからず、(会員制の)プラザラウンジへ。
狭くて混雑しており心地は悪いし、しまった!のはコンセント形状。台湾は日本と同じ。スペインはC型なのだが、ここが英国式なのであった。このPCもあと数分で絶命する。やはり前世界対応型充電機を持っておくべきでした。(二千円程)
ただ、次のフライトはプレエコで充電器はついているので少し気分は楽ですが。

しっかし、8時間の乗り継ぎはキツい年頃です〜



2017年3月19日日曜日

台湾4.5 コンサート修了



人々の協力や尽力があってこそですけど「手前味噌」をお許し願うなら、素晴らしい集団が始動しました。「アジアリコーダーソロイスツ&コンソート」。

昨日のリハより本番のゲネでは腕は上がっているし、半端無い集中力も極上。耳も良し。
何よりモチベーションの高さと品格や明るい性格が、ある意味期待を裏切って来て全て舞台に表現出来た気がしました。プロはある意味「楽」です。イニシアティブは取りますが、それぞれの音楽性を尊重しつつやんわり進めていきました。個々のテクニックがこのような時には非常に重要なのです。下手や不器用、いらぬ動きは命取り。当然全員が冷静です。




アジアの歴史上初めてであろう日台のプロのリコーダー合奏団7名による記念演奏会となり、それを終えて感慨もひとしおです。後は夜市と部屋で飲み会をして親交もより深まりました。

いつも思いますが。何より台湾のリコーダーの層の厚さには脱帽。あらゆる層に非常に上手なプロが存在しています。
その協力者やお膳立てもヒューマニズムと愛に満ちています。
パーソナルを打ち出すより音楽重視な思考が一致する演奏家は意外にいないものなのです。

在台中、在ドイツが2名づつ、と、我々日本からの3名で相当考えられない演目を演奏しました。





聴衆の皆さんの恐ろしいまでの拍手やかけ声、修了後のサイン攻めや質問攻めはその熱心さを物語っていました。恐縮です。協力的な台湾の皆さんには本当に頭が下がります。

気づけばもうジジイ。でも次の世代につながりを残せました。


来年は台中のホールで演奏予定ですよ。いつかは大阪でお聴き戴ければ嬉しく思います。

~~というような記事をフェイスブックにも書いていたら、CD制作の方からCDを作りましょう〜というメッセージを戴きました。将来が楽しみです。


2017年3月18日台東

2017年3月18日土曜日

台湾4 台東2



昨夜は疲労し、早めに就寝したのか深くは眠ったものの、その分早めに目覚め、もう眠れない。
いくつになっても真面目かバカかでセミナーなどの前は惰眠をむさぼれない。


朝の迎えを連絡するね、と言われたので部屋で待ち続けるが誰も現れないのがご愛嬌・・・。「先生」ひとりで会場に向い到着したら「おはよう」ですとw。
世界は広い。逆に日本が素晴らし過ぎるものだから心が収まらない事が多発する。

尤も、集中するには放っておいてくれるのが良いので結果的には良いのかもしれない。

で、リコーダーでジャズを吹きましょう講座、二時間をこなした。
建設的に的を絞り英語で行うのでそれなりの脳の働きがいる。緊張こそしないが、相手の理解が心配なので非常に気を配るセミナーとなります。








去年はバンドのメンバーが全員いて、ベース、ドラムス、ピアノがバックアップしてくれてサウンドがわかりやすかったものの、今回は基本ひとりなのだが、友人が上手い音源等を鳴らしてくれて助かった。


子供は良しとして、先生方の方が非常に熱心に「学ぶ」感じが台湾。
子供ちゃんはバロックの協奏曲が大好きな傾向。カッコいいようです。


学校の先生のようw


お昼を昨日食べた食堂で同じ陽春麺を戴いて、スタバで珈琲をしてから今晩のゲネ。
昨日よりみんな上手くなっていて結構。

いよいよ本番だが、こちらの4人も相当に上手なので気分が上がるし、何より性格が明るく笑顔が良いのが救われる。しっかり改善して来ているのも優秀。耳が良い。
昨日の緊張感よりは、しっかり音楽を楽しむスタンスでリハーサルを行えて良かった。

素敵なコンサートになるだろう。


追記:
宿泊先のホテル;トラベラーホテル台東は、古いもののまぁ綺麗に掃除がしてありミネラルウォーターも着いているしバスタブもあるのだがぁ〜
トイレットペーパーが後ろ過ぎ、
水の流れが変、
テレビリモコンの反応悪い、
ポットのお湯出の勢いが強過ぎて珈琲などが飛び散り、
廊下の音が入り過ぎ、
隣のドアの音が『ぎ〜〜〜」
車がフロントを通り抜けて屋内!(意味不明)
何となく傾いている部屋の重力を感じる、
など、楽し過ぎる。
一泊4千円程らしいけどw

あっ、隣がトイレの水を流しました!!

あすは高雄に戻りますぅ

2017年3月17日金曜日

台湾3:台東1



朝9時半頃に出発し、りょうさんの車で一路、台東に向かった。

高雄が排気やらPMで非常に空気が悪いなか、南東に進むに連れて太陽が見えるようになる。それだけ台湾の西海岸は空気が汚染されているのか、と驚いた次第。


3時間強で台東に着く寸前は快晴な上、太平洋が水平線まで見渡す事が出来た。



さて、昼を陽春麺?で済まして、会場に入る。
日本ではおよそ考えられない「台湾国立台東大学付属小学校」の校舎を借りた状態。

博覧会場、セミナー室、演奏会場が並んでいて施設もなかなかのもの。


今回結成に至った日台のプロ演奏家7名でリハーサルを開始。
ドイツの大学院に在学中の彼女やケルンの学生の彼女、台湾で既に先生状態の二名。

全員英語が喋れるため、通訳を介さないのと、理解が早く、腕が良いのでさくさくと進んだのは良かった。独特の拍取りはあるが基本的に非常によく練習がなされている。
当然か。

しかも他国の若者なので、妙な気も遣わないので楽。





ホテルは幽霊が出そうだが、掃除は行き届いている。
横にはシェラトンがあってその真正面に夜市があるのも混沌としていて面白い。

参加者で夕食に行き、その付属小学校の生徒達の合奏や独奏、先生方集団の演奏会を聴いた。

非常に意欲的で普段はあまり聴かない合奏演奏会であったが、日本人の編曲物が多数演奏されるのはそれだけ影響もある反面、日本人にはジョークとわかるアレンジを真面目に演奏してしまっている何とも罪悪な感じが私には戸惑いになった。真面目にアレンジをするべきかもしれない。

また、独特なポルタメントや頭拍の感じはどうしたものだろう。
口に出して指導が出来ない歯痒さが毎度あるのは事実。
もしかしたら中国語の口の中の問題なのかもしれない。
海外帰国組は解消されている気もするので。

大好きで吹いていて、例えばヴィヴァルディやサンマルティーニの協奏曲も平気で披露されるものの、良く吹くけれど指導側に難があるのは否めないかと。
勿論、そこから欧州を目指し、若いプロがどんどん育っているのでこれも行程の一つなのかもしれない。あの人のように達者に吹きたいから頑張る子供がいるのだろう。成長して留学するわけだ。

日本の20年前がここにある。

明日は、午前にセミナーと歴史的にも不思議と無かった?プロ集団のコンサートをリードする。いちいち楽曲を説明をしてくれ旨。




楽しんで貰えるよう、脳を遣いたおして踏ん張ろうと思います。

なぜか、非常に疲労してしまった。


2017年3月16日木曜日

台湾2:高雄2



朝はゆったり、タクシーで観光名所の蓮池何とかに向かう。(195ドル=600円弱)

高雄のパワースポットとのことで、龍に入り、虎から出てくると良いらしい。
周りは淡水の池で蓮の花が美しかった。

幸い曇りで心地良い風が吹き抜けていく。







その後池をほぼ半周歩いて回り、その近くの国鉄および地下鉄の駅に出る。
少し困ったのがここぞというところにランチの場所が無い点。

結局は駅のビルで事無きを得た。

そこからレッドラインでホテルに戻る。
高雄の旧駅舎を発見。これは日本が作った歴史があるものらしいです。



今から台中在住の「りょうさん」と夕食に出掛ける。

駅裏の高雄駅舎なるお店(多分旧プラットホームか?)

もう長い付き合いになるが、我々の世話役をかってでてくれている日本語完璧な人なのです。明日は彼女の車でいよいよ東シナ海から太平洋側は台東に向かい、いざリハーサル!

日本には無い野菜などを美味しく戴きました



2017年3月15日水曜日

台湾1:高雄1



11時前のピーチ35便で関空第2ターミナルから定刻に飛んだ。
乗客の9割は非日本人。

第2ターミナルは増築改良で非常に閑散としていて超快適。
特に高雄便は前後に重なる便がないため、その乗客のみで建家に人口が少ない。
メインターミナルの行列は損だと痛感する。

荷物検査もイミグレーションも並ばないし、朝昼食のレストランもガラガラ。
雑然さが無くなり、更に人気が出る事だろう。



定刻に高雄に到着し、入国も荷物もストレス無く通過した。
中途半端な時間に飛ぶためランチを高雄空港の無難なスタバでサンドウィッチと珈琲。


その後、タクシーでジャストスリープ高雄駅前に移動。
空港から、ただただ一本の大通りを北上するのみ。295元(千円弱)で快適。

ホテルも新しくでこの上なくオシャレ。一回はTWGも楽しめるカフェ。
一応、かのリージェント系列のビジネスホテルなので洒落ているのが結構。


荷解きにしばしをかけて、まずは高雄駅前に散策に出た。
雑然として整然としている。何よりクラクラするほど空気が悪い。
大阪のど真ん中の方が数倍良いだろう。
PMもあるのかとにかくひと呼吸づつに苦しいのにはまいる。

しかし、一通り何でも揃う事がわかって安心。セブンイレブンしかり、駅弁しかり。
私はiPhoneのコネクターを忘れたが、雑然屋さんで簡単に手に入った。


これから夜市に出掛けて夕食とする。




お弟子ちゃん二人と海外遠征は初めてだが、それも珍しい事なので、良い思い出となりそうだが台東に移ったら容赦無い激務が待ち受けているので鋭気を養っておこう。


しっかし、マスクが必携かも。

海鮮に行きました:チャーハンが絶品という面白さ


@高雄


2017年3月14日火曜日

台湾 0



台湾に遠征する(前)日がやってきた。
予定はまだまだ先のような気がしていたがその日は来るものかと思う。


さて、小さい事から記録していこう。

今日は午前、昼過ぎのお仕事を終えて、(普段は自家用車なため)非常に珍しく空港リムジンバスで西宮北口から関空第一ターミナルに向かった。海外滞在が今回は二週間を超えるため仕方ないのであった。

このバス。西宮線が阪急、JR、阪神と三つの駅を廻るものだから高速に乗るまでに実に38分もかかる!
そういうものかもしれんが、どれだけかかっとるねん💢と思いつつ、渋滞無しの90分強をかけて無事に到着。



私はこれからの激務に備えてホテル日航に前泊するのだ。
荷物は宅配便でしっかり事前に送ってある。

日航と大倉のワンハーモニーという会員で、いつも大事にしてくれるのか、シングルからツインの一人使用にグレードを上げてくれて結構なハナシである。さい先が良いではないか?


せこい生活術を公開するが(賢いとも思うけれど)、西宮北口のリムジンバス乗り場前がコープの店舗なので、そこで「お弁当+おにぎり、ビール(発泡酒)と缶コーヒー」を購入しておく。総額実に850円。

先日一人で関空の夕食時、これもターミナルにある「蓬莱」でお弁当を購入したら900円弱だったので凄く得をした気がした。ビールやつまみなどを購入していたら相当になる。
「小さい」ハナシですけど、空港で夕食を優雅に一人で戴く気にはなれないし、どうせなら海外で使いたいではないかと。


部屋はもったいない程広いので、ゆったりと楽譜を読み、勉強。
またセミナーの進行(英語)を一通り考察した。基本的に真面目であるw。


明日は9時前には周回バスで第2ターミナルでチェックイン。
ピーチの便で台湾南部の高雄に飛ぶ。





大移動



さて、いよいよ春の大移動が始まる。
関空から台湾は高雄に移動。高雄から台東に移動する。弟子を二人同行する。

台東では「十月笛場リコーダーフェスティバル」の第4回目が開催される。
第1回目からお手伝いをしているが、今まで、台中、台北、台南と呼ばれてきた。

主催者も様々でこのフェスで一般的に西洋人や高齢奏者の名声に肩を借りるものではなく、次世代にいかに回してパーソナルよりは楽器と音楽、可能性に炊けた思想で邁進している。

とにかく次世代ジェネレーションが結びつき、将来に備える事を軸として、気づけば私が一番の高齢者の演奏家なので必然的にボスとして責任のある仕事を完遂せなばならない。
知らぬ間にジジイになっていてショックである。


今回はオールプロプレーヤーの7人混合チームで挑むが日台では初めての試み。日本にもアジアにも無い。
リコーダーは一般的に愛好家の集団が跋扈するが、楽しいだろうが何より音楽の限界は否めない。愛好家とプロには恐ろしい差がある。それは責任かと感じる。


今回はプロを目指す真剣な若者により、私の決めた演目を演奏芸術として聴衆に届ける責任がある。同時にジャスを吹こうセミナーも担当するが、少なくとも保守的な日本の体制とは比べものにならない知的好奇心を持ち合わせているため、受講生は真剣。
シュミレーションで緊張して良く眠れなくなってきたが、それでよかろう。
少なくとも日本での仕事が皆目無いのに比べ、他国の依頼が多いのがその「差」。

少なくとも疲弊仕切った日本とは明らかに相違するモチベーションに応えるだけの事はあるので、やりがいがある。日本では必要とはされないので台湾には完全に追い越された事が残念ではもある。島国同士でもひどく相違している。

さて、台東を終えれば高雄に戻り、香港に飛び、今度は研修でスペインはマドリッドに移動、セビリア、グラナダを回る。私は実はさほど興味は無いものの新しい国への訪問も楽しみではありだろう。
しかし遠い。

帰りは香港にステイして建設的な話にでもなればよいが、いかんせん家にいて、依頼される仕事をこなしていけば楽ではあろうが、動けるうちに行動を取ろうとは思う。自分を高める行動はあと数年は続けたい。


アーティストは愛好家指導でのみならほぼ成長しない。良い壁が必要なのは明白。
孤独に追い込んで例えばアラビック音階などを感覚的に取得するのは建設的かと感じる。


今後、報告は随時致します。

2017年3月10日金曜日

はじめてかものかものさしみ



来る5月の協奏曲のリサイタル打ち合わせ会に難波は「おら鴨」というお店に出向きました。まぁ〜上品で素敵なお店です。

何より「鴨」のコース料理は経験あるでしょうが、鴨の刺身が7種類などは初めて。
最後は鍋にそばに雑炊に〜こういう店のビールは泡にまで工夫が!

気づけばメンバーの中で私が一番のじじいではないですか!まぁ若い事若い事!

20代を含む卓越したメンバーの力を借りて比類無き最高の演奏にしたいと意気込んでおります。弦楽は全て大阪フィルハーモニー交響楽団のメンバーの皆さんです。





2017年3月9日木曜日

曜日移動



少しばかり私もアンサンブルのお教室をさせて頂いていますが、従来、第一と第三の「火曜」13時からさせて戴いていた「アンリュウ リコーダー ギャラリー」でのリコーダー教室が、7月からシステムはそのまま「第一、第三の木曜」に移行します。

移行に伴いご参加戴ける方々がおられればご検討下さい。
広々した空間に場所も変わります。

とても楽しい雰囲気のクラスの皆様で長年進行しています。



詳細はギャラリーさんへ。






2017年3月5日日曜日

どぶいけ




丼池(どぶいけ)は大阪の中央区にある問屋街で、賑わうゾーンです。


今日は買い物に出掛けました。何でか。


来週、台東で本番がありステージ用の黒い靴が必要なのです。
ズボンはまぁ良いですが、黒いベルトも必要。


で、その後、スペインに向かいますけれども、
要するに台東で靴を履き捨てたい訳です。重いわけで、必要もありませんから。

で、さすが「どぶいけ」。


定価3900円の黒いシューズが2000円!
黒いベルトが390円!

いやぁ、捨ててくるのがもったいない代物です。

結局、世界で一番質の良い安価なものは大阪にあるのかもしれませんw


お仕事



バリの休日が嘘のように動かなくては自営業というのは生きていけない。
インフルはおろか、口内炎など発症して同情されたら終わり。
だからといってガツガツしていては人は去っていく。
突出して上手で謙虚でなければいけない。それがプロ。

遠慮や謙虚も度が過ぎると嫌みに過ぎない。


いかに相手に覚えて頂いてその心を開いて数度そこへ通ってようやく何とかうっすら建設的なおハナシを戴く事が出来る事がある。
節操無く何でもこなせる器用さは無いし、目立つ事も権威を持つ事も興味が無い。

固定給でそこそこ無難に生きる事に比べ楽しくはあろうが、それだけに人の数倍、気持ち、語彙、行動で示さなければ建設的なハナシは進まない。そう言う時代に突入した。

あの東芝と三菱自動車や様々な組織の聚落は見るに耐えない。リーマンしかりだ。
ただのおっさんに陥る位なら、芸は身を助くという先人の言葉のごとく己の技能を磨くしか無い。



今日はどうにかして獲得したいハナシに全精力を傾けた。
側近の数名でも知り得ない自分の孤独も感じた。それだけ大変な事でもある。

大学組織は死に体と化しつつ将来に展望がまず見えない。
幸いバリ島旅行後に次々と自分を必要として下さる方に数人遭遇した。


考えて考えて満身創痍になってはじめてハナシが進み出す。


命がけで仕事を戴くが、これにも共演者に温度差が出たり、
肝心の日程が合わなかったり。

老体の哀愁に同情され始めたら私は引退し、今までついて来てくれて弟子に全てを任せたいと思い既に準備をしている。

何をするのもヘロヘロだが、50代はまだまだ頑張れと言って下さる人に感謝したい。